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help リーダーに追加 RSS 住吉大社のお守り

<<   作成日時 : 2008/10/08 16:01   >>

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日本全国の住吉神社の総本社ということです。
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下町にある大社でおごそかな感じはあまりしませんでしたが、立派です。
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この前の道を路面電車も走ってます。

お勉強データ
住吉大社(すみよしたいしゃ)は、大阪府大阪市住吉区住吉にある神社である。式内社(名神大社)、二十二社、摂津国一宮で、旧社格は官幣大社(現神社本庁の別表神社)。日本全国の住吉神社の総本社である。ただし、住吉三神を祀る神社の中で最も古いものは明確ではなく、福岡市の住吉神社や壱岐市の住吉神社や神戸市の本住吉神社が有力であるとされる。

地元では「すみよしさん」あるいは「すみよっさん」と呼ばれ、また毎年初詣の参拝者の多さでも有名である。

海の神である住吉三神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)と息長足姫命(神功皇后)を祀り、「住吉大神」と総称される。住吉大神宮(すみよしのおおがみのみや)ともいい、当社で授与される神札には「住吉大神宮」と書かれている。

歴史

住吉神と神功皇后
仲哀天皇9年(200年)、神功皇后が三韓征伐より七道の浜(現在の大阪府堺市堺区七道、南海本線七道駅一帯)に帰還した時、神功皇后への神託により天火明命の流れを汲む尾張氏の一族である土地の豪族の田裳見宿禰が、住吉三神を祀ったのに始まる。その後、神功皇后も祭られる。応神天皇の頃からの大社の歴代宮司の津守氏は、田裳見宿禰の子の津守豊吾団(つもりのとよあだ、つもりのとよのごだん)を祖とする。


大和王権の外交神とシルクロード
古代大和王権の外交・航海に関連した神社で、遣隋使、遣唐使の守護神で、津守氏は遣唐神主として遣唐使船に乗船した。遣隋使、遣唐使は、大社南部の細江川(通称・細井川。古代の住吉の細江)にあった仁徳天皇が開いたとされる住吉津(「墨江ノ津」「住之江津」すみのえのつ)から出発する。住吉津は、日本最古の国際港でもあり、シルクロードの日本の玄関である。

また八幡神である応神天皇の母の神功皇后を加えた住吉大神は、八幡神の祖神とされ、河内王朝の守護神とされる。また八幡神が陸の軍神であるのに対して住吉神は海の軍神ともされる。さらに後年は和歌の神(和歌三神の一つ)になる。

延喜式神名帳には「住吉坐神社 四座」と記載され、名神大社に列し、月次・新嘗・相嘗の幣帛に預ると記されている。神階は、嘉祥4年(851年)に最高位の正一位となった。


『源氏物語』の舞台
社前は今は完全な市中だが、江戸時代までは境内馬場(現在の住吉公園)は海に面し、白砂青松の風光明媚の代表地とされ、その風景の絵模様は「住吉模様」と呼ばれた。また紫式部『源氏物語』には明石の君に関連した重要な舞台として描かれている。また『一寸法師』は子宝に恵まれなかった初老の夫婦が住吉大社に参り、子供を出産し、その子供が住吉津から細江川を下って大阪湾に出、淀川をのぼり、京都へ向う話である。


武家源氏と元寇の浜祈祷
清和源氏武士団を最初に形成した源満仲は、摂津守であった天禄元年(970年)に住吉大社に参籠し、住吉大神の神託により摂津国多田(兵庫県川西市多田)を源氏の本拠地としている。宮司の津守氏は神官であると共に一族は武士も輩出しており、源満仲の三男で河内国壺井(大阪府羽曳野市壺井)を本拠地とした源頼信を祖とする河内源氏とは源為義の頃には婚族の関係にあった。河内源氏の後裔で鎌倉幕府を開いた源頼朝が1195年(建久6年)3月の上洛の際、住吉大社に多数の御家人を集め流鏑馬を行っている。

元寇の際は、社前の住吉の浜(住之江の浜)において海神の住吉大神に蒙古撃退の「浜祈祷」が行われた。鎌倉時代末期には幕府の公認で住吉社造営費用獲得のため、元へ交易船が派遣された(寺社造営料唐船)が、帰国時には幕府は滅亡しており、後醍醐天皇の綸旨をもって住吉社造営費にあてられている。


南朝の御座所(住吉行宮)
南北朝時代は、宮司の津守氏の館の住之江殿(正印殿)に南朝の後村上天皇の行宮が置かれ、約十年間南朝方の御座所となり、南朝の主要拠点の一つになる。次の長慶天皇は住吉で即位。また瀬戸内海の水軍系武士には住吉神を奉じる者も多く、南朝方の瀬戸内連絡網の根拠となった。


室町時代
南朝方であったことから足利時代は、幕府からの制圧を受け、社領も大幅に削減され、現在の境内地と馬場(現:住吉公園)の規模とされる。



名所・旧跡

反橋
石舞台
宿院頓宮
反橋(太鼓橋)
慶長年間に淀殿が寄進。朱色の優美なシルエットが美しい。
国指定史跡「住吉行宮跡」
住吉大社宮司の津守氏の住之江殿(正印殿)にあり、南北朝時代の後醍醐天皇の子の後村上天皇の約10年間の御座所(行宮)であり、次の長慶天皇はここで即位。
石舞台
卯の葉神事の時に優美な雅楽が演じられる住吉大社の石舞台は日本三舞台の一つ。他の舞台は、四天王寺の石舞台、厳島神社の平舞台。また雅楽が演奏される回廊は豊臣秀頼の寄進。
誕生石
薩摩藩祖の島津忠久の誕生した場所。
浜祈祷の碑
元寇の時にモンゴル撃退の浜祈祷を住吉の浜でしたことを伝える碑。[要出典]
宿院頓宮(大鳥井瀬神社合祀)
大阪府堺市宿院。(住吉大社と大鳥大社の御旅所)
住吉高燈籠
現存する日本最古の灯台で1794年以前の鎌倉時代創建とされる。1950年のジェーン台風で木造の上部が破壊された。現在の高燈籠は、石垣の基壇を移動し鉄筋コンクリート造で復元したもので、住吉公園近くの国道26号線に面したところにある。燈籠内部は資料館となっている。燈籠に登ることもできる。

ゆかりの人物
松尾芭蕉
江戸期の俳人たる松尾芭蕉は、元禄7年(1694年)の9月13日に当社を参詣、その折に次のような句を詠んでいる。
升買うて分別かはる月見かな

藤原俊成
平安〜鎌倉期の歌人たる藤原俊成は、嘉応2年(1170年)に当社の秋の歌合(うたあわせ)に参加。後年には歌の道の究めのために17日間を当社に籠ることになった。[2]
川端康成
大阪を舞台にした短編「反橋」の一節を刻み込んだ文学碑がある。

式年遷宮の歴史
住吉大社は、式年遷宮の伝統を維持している。

交通
阪堺電気軌道阪堺線住吉鳥居前駅から徒歩0分
阪堺電気軌道上町線住吉公園駅から徒歩2分
南海本線住吉大社駅から徒歩3分
阪堺電気軌道阪堺線・上町線住吉駅から徒歩4分
南海高野線住吉東駅から徒歩5分
駐車場:有り

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